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2007年10月26日

2007年10月26日 (金)

たそがれ清兵衛

Tasogare

時は幕末、庄内地方の小さな藩の下級武士・井口清兵衛(真田広之)は、
ふたりの幼い子どもと老母の世話をするため、勤めが終わると
すぐに帰宅することから「たそがれ清兵衛」と同胞たちから
あだ名される冴えない男。
しかし、幼なじみ朋江(宮沢りえ)の危機を救ったことから、
実は剣の腕が立つことが世間に知れてしまい、ついには藩命で
上意討ちの討ち手に選ばれてしまう…。
※Amazon.co.jpより抜粋

監督
山田洋次
原作
藤沢周平 「たそがれ清兵衛」「竹光始末」「祝い人助八」(新潮文庫)
主演
真田広之(井口清兵衛)・宮沢りえ(飯沼朋江) ・余吾善右衛門(田中泯)他
配給
松竹株式会社

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清と激の時代劇である。
まちがいなく最近の日本映画の名作中の名作。
山田洋次時代劇三部作の中でも飛び抜けて素晴らしい。
ほんと、最近の真田広之と言う俳優は素晴らしい。
アクション俳優から脱却し、演技派になってから実に渋い役をこなしている。
ハンサムだからかっこいい!のではなく、渋さがかっこいい。
殺陣のシーンは凄みがあり、寒気さえしてくる。
余吾善右衛門役の田中泯も実に素晴らしい。
わたしゃ特に、月夜の晩になまった剣術のけいこをする清兵衛の
シーンが好きである。
スターウォーズの剣術が実におそまつなのがわかるでしょう。
剣は腰で切るのである。腰を(重心)深々と下げるのである。
黒沢映画のサムライはみな、こうであった。
夜の家の中は暗い。
電気があるわけじゃなし、いままでの時代劇みたいに
夜、この時代の家中があんなに明るいわきゃないだろ。
ろうそくと行灯の明るさならああなるはずである。
そういう所にこだわるのが嬉しい。

清兵衛は農村の中、田んぼがまわりを覆う中で暮らしている。
サムライでも平侍ってのは身分が低い。石高も低い。
身分が低ければ、いくら城勤めでも城から遠い土地に
暮らすのである。
そういうリアルさが「たそがれ清兵衛」をより名画に
仕立て上げているのだと思っている。

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稲荷と九尾の狐

狐は昔から妖力を持つと信じられてきた。
古来より、狐は狸とならんで、人を騙し、病気にさせ、
また人化けすると言われ、そういう伝説や昔話は
全国に分布している。
平安初期の仏教説話集「日本国現報善悪霊異記(僧景戒撰)」には、
狐が女に化けたと言うものが見られる。

昔は狐の数も多く、人里に現れることが頻繁で、生殖・採餌の行動が
特異なことなどから、農耕神の示現のように考えられたり、
田の神の使いとして信仰されるようになったとされる。
稲荷神社の狐がそれである。

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元々は「稲成り」であったと言う説もある。
稲荷神社の秋祭りで神輿の鳳凰鳥が稲をくわえているが、
「豊作」の感謝を表しているのであろう。
また春祭りは「豊作」の祈願ではないかと思う。
よく見られる祭りは民間信仰の農村祭りである。

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茶吉尼天 (お稲荷さん)
本場インドでは人肉を食いながら裸で踊り狂ったりしている。
左手に持つ宝玉は人の腎臓(もしくは心臓)のかわり、
右手の剣は人からもぎ取った手足のかわり。
家来の狐は、お経の中では野干となっているらしく、
もとはジャッカルのことだった。
しかし、ジャッカルのいない地方に伝えられるうち
狐に変化したらしい

民間信仰において、動物を神の使いとするものがあり、
狐は、蛇と同様に代表的で狐神の信仰があり、霊的動物と
見られたことによるのだろう。
これは「善霊」とした話である。

妖狐----------------------------------
狐が霊となり神となった「霊狐」の事で、300年以上生きると
妖術を身につけ、妖狐になると言われる。
妖狐は二種類に分ける事ができる。
●善狐
人々に幸運を運ぶという縁起の良い妖狐。憑くと幸運になる。
善狐は農業の神の使いとされ、お稲荷さまとして皆に慕われた。
稲荷神社祭りの時、神輿に稲をたずさえるのは、春なら米の豊作を祈り、
秋は収穫を感謝するものである。
金狐-----日をシンボルとした妖狐
銀狐-----月をシンボルとした妖狐
白狐-----善狐代表的な幸福の妖狐
人々に福をもたらしてくれる善狐。
一説ではこの狐にも九本の尾が生えているらしい。
安部清明の母がそうだと言われている。
霊力に、とても長けている。
黒狐-----北斗七星の化身と呼ばれる妖狐
天狐-----千歳を超えた九尾の狐より上ランクの妖狐
玄中記にも記され、『狐は千歳になると千里の外の事を知るようになり、
天と通じて天狐となる』という。 四つの尾を持っているとされている。
空狐-----3000歳を超え、通力を自在に操れる大神狐
これらが善狐である。
●野狐
善狐とは逆の存在で人々に不幸与える者。
人を病気にしたり女に化け悪戯をしたり・・・。人を悩ます事を
喜びとする。
狐憑きとは、大抵は野狐が憑いているのだが、善狐が人に憑くと
病気が治ったり幸運になったりする。

●金毛九尾狐(九尾の狐)
野狐最高ランクの最もタチの悪い妖狐。
野狐の一種。有名な妖狐。九本の尾を持ち、高い妖力を所持する。
ただ、金毛九尾狐は野狐といっても少し違い、自分を信仰すれば、
善狐のように崇める人を助け、祝福はするが崇めない場合は
野狐としての災いや不幸を及ぼす。

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九尾狐

☆金毛九尾狐伝説
中国の殷(いん・・・前17世紀〜前11世紀半ばにかけて黄河中流域を
支配した古代王朝。 日本では殷とよばれるが、これは次の周王朝が
つけたもので、自らは商と称した。商人と言葉の発祥である。
周がなぜ殷と呼称する理由は明らかではない。)、中天竺(ちゅうてんじく)の
耶掲陀国(まがだこく)の班足(はんそく)太子の前には
華陽(かよう)婦人として、中国の周(しゅう)の幽王(ゆうおう)の時には
褒似(ほうじ)と名乗って現れた金毛九尾の妖狐は、王を巧みに惑わして
暴君に変身させ、国を滅亡へと導いた。

妖狐は、その後天平7年、遣唐留学生として唐(から)に
渡っていた吉備真備(きびのまきび)が帰国する船の中に乗り組み、
若藻という美少女に化け、日本に渡って諸国を歩き、
数百年を過ごし、堀川院の時代には女の捨て子に化け、
山科で謹慎中の武士・坂部友行に拾われ、藻と名付けられ育てられた。

藻は成長するに従って和歌の才能を発揮し、7歳になると宮中にあがり、
やがて玉藻前として鳥羽帝の側女に取り立てられ寵愛された。
玉藻前が側女に取り立てられてからというもの、鳥羽帝は原因不明の
病に冒され続けた。
陰陽師安倍泰親に占わせてみると、神鏡に白面金毛九尾の妖狐が
現れた。
それが玉藻前であることを突き止め、見破られた妖狐は、
東国の那須野が原へと逃げ去り、またまたここで数々の
悪事を働いた。

下野(しもつけ)の国那須郡の領主・那須八郎宗重は、
朝廷に対して訴え、泰親から妖狐が恐れる神鏡を借り受けた。
神鏡の威光に恐れをなしてか、妖狐の悪事は間もなく収まった。
しかし、その十数年後、妖狐が再び悪事を働き領民を苦しめるので、
朝廷は安倍泰親、安房(あわ)の国の三浦介義純(「義明」とする
文献もある)、上総(かずさ)の国の上総介広常を那須野が原へ
遣わして、八郎宗重とともに退治するように命じた。

妖狐は、泰親の祈祷と三浦介・上総介によって退治されたが、
天が俄にかき曇り、天地は鳴り動き、稲妻が頻繁に
起こったかと思うと、その屍は大きな石と変った。
それから二百数十年後、石化した妖狐の凄ましい怨念は残り、
毒気を放って近づく領民や獣、上空を飛ぶ鳥などを死に至らしめたので、
人々は「殺生石」といって恐れおののいた。

災禍が止まないことを憂いた朝廷は、会津の示現寺に住んでいた
玄翁和尚(げんのうおしょう・「源翁」とも記される)が遣わされ、
長い祈祷の後に玄翁が持っていた杖で石を叩くと、
殺生石は砕け散り、ようやく妖狐の霊は成仏した。

以上が「絵本三国妖婦伝」の小説のあらすじである。
玄翁和尚が調伏した殺生石は、栃木県那須郡那須町湯本に存在しており、
現在の殺生石付近は観光地となっているが、かっては那須岳の
火山性有毒ガスが噴出し、近づく者を死に至らしめたとされる。

中国の歴史書や「日本書紀」は、音をたてて翔ける流星のことを
「天狗」(あまきつね)と呼んだ。 天狗(てんぐ)の起源なのか、
夜空に尾をたなびかす流星は、天を駆ける妖狐の姿を
思ったのではないだろうか。

○おまけ
稲荷寿司の語源は、稲荷神の使いである狐の好物に由来する。
狐の好物は、古くから鼠の油揚げとされており、狐を捕まえる時にも
鼠の油揚げが用いられた。そこから、豆腐の油揚げが稲荷神に
供えられるようになり、豆腐の油揚げが狐の好物になったとされる。
その豆腐の油揚げを使うことから、「稲荷寿司」や
「狐寿司(きつねずし)」「揚寿司(あげずし)」とも言う。
「しのだ寿司」の名称は、信太の森に住んでいたとされる
葛の葉狐に由来する。
発祥は、愛知県豊川市にある豊川稲荷の門前町で、
天保の大飢饉の頃に考え出されたと言われている。

資料:南山経・封神演技・日本民俗史・日本書記・栃木県那須観光資料
        ・妖怪伝説

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