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2007年11月4日

2007年11月 4日 (日)

千年ヒノキ

Kairo
法隆寺回廊(国宝)奈良時代

樹齢千年の檜(ヒノキ)の建築物は千年もつと言われる。
夢話の様だが、斑鳩(いかるが)の地に推古天皇と聖徳太子が、
建立した法隆寺の五重塔 (国宝) は飛鳥時代の最古の木造建築であり、
上記の通りである。
実際には約千三百以上そこにある。
建立には韓国、ペルシャなど外国の職人なども呼ばれたと言う。
注;「胡」と言う言葉が使われていて、主にペルシャの職人らしき
     形跡がある。

現代建築では千年もたそう・・・とは考えはしないだろう。
百年がいいところか?と言って飛鳥時代の工人達も、
そんなにもつとは思わなかったはずである。

「木を買わず山を買え」

この言葉は宮大工達の伝承である。
現場に行って木を見て、環境を見てから買え・・・と言うことである。
木は土地の環境によって、癖がある。強い木、弱い木、まがった木がある。
それを規格品としてただ綺麗に切って並べて、家を建ててもいつか
無理が生じる。木は生きているからである。

それを考慮して建てているそうである。
「木」を優先している。
であるから1つ1つ部材の寸法は異なっている。連格子にもそれが見られる。
決して綺麗ではない。強い木は比重などの掛る部に。弱い木は添え木に。
無論、無傷で残る訳も無く、今も宮大工さん達が修復、修繕している。

「木造建築には檜が一番。ここまでもつのは檜しかないです」

法隆寺の中には藤原時代(平安中期・後期 )の建物もあるが、
もって200〜300年であった。 この時代から、風土や木の生命力は
計算に入れていない。飛鳥の思考は時代と共に薄れていき、
建築とは「見た目の美しさ、装飾」になっていく。

とにかく、飛鳥の工匠達は建築に全く異なる目を向けていたことが修理、
修繕でわかると宮大工(寺社番匠)は言う。
法隆寺は再建されたものも多いが、その痕跡を今も残しているそうである。

参考:「木に学べ」西岡常一著 小学館

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