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2007年11月9日

2007年11月 9日 (金)

松戸「栄泉堂岡松」

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今年の夏も千葉県松戸の栄泉堂岡松に麩まんじゅうを
買いに行った。麩まんじゅうという夏の和菓子は、
関東では中々見受けられない。元々は京都の和菓子で
あるからなのか?よくわからない。
わたしがイメージする麩まんじゅうは瑞々しさがないと、
だめなのだ。
しかし、写真でもわかる通り、あまり奇麗とはいえないお店である。
ここらへんは歴史があるのか、古い建物があちこちに眼に付く。
初めて行った時(たまたま前を通っただけだったのだが)、
ご主人の丁重な物腰と自信、やさしい目線。
それでここの麩まんじゅうを買ってみたのだ。

瑞々しいなま麩に青のりの香り、くるんである笹の葉、
上品な餡(あん)。 なま麩はけっこう厚めで中の餡部分は
それほど入ってはいないので甘みは少ない。
それがために、いくつもいけてしまうのだ。
これだから店構えで、選んじゃいけないんだよなあ。

実は由緒正しき老舗店なのだ。
ここは、4代続く店で、なんと美智子皇后が訪れている。
平成15年3月、戸定(とじょう)歴史館で
徳川斉昭の孫藤岡保子さんの書道展が開かれたとき、
本人から書道の手ほどきを受けられた皇后陛下が、
ご覧になるため行啓されたとき、お寄りになったそうだ。
召し上がられた「ぼたん(練切)」を「松戸そだち」、「葵の里」と
ともに買い求めたそうである。
「葵の里」と言うものが、この店の看板菓子で
松戸名物になっているらしい。
わたしゃ、麩まんじゅうでまいったけどね。

(有)栄泉堂岡松
千葉県松戸市松戸1089


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幕末の土佐(高知)人

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江戸時代、制度において土佐藩の規制が他より
ゆるかったわけではない。
むしろこの藩は「土佐郷士」という特異な存在を
かかえているために、身分制度は他よりきつかった
ともいえる。
幕末の土佐名物は、脱藩だった。
脱藩者はほとんどは郷士またはそれ以下の層の
ひとびとだった。
かれらは、関所を抜け出て数歩でも伊予領に入ると、
申しあわせたように、

「これからは、オラ・オマン(おれ・おまえ)でいこう」

と言いかわしたといわれる。
漢文にも爾汝(じじょ)ということばがある。
平等の一人称、二人称のことである。
脱藩者にも、おなじ軽格・下士とよばれながら、
こまかい身分規範で上下があり、その社会にいるときは、
たがいをよぶよび方までちがっていたのである、
関所を破ったときのこの申しあわせほど、土佐人の
自由と平等へのあこがれを感動的に
あらわしたことがらはない。

街道をゆく「檮原街道」

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