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2008年3月29日

2008年3月29日 (土)

妻戀弟橘

古代の神話に日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征にて、
三浦半島から房総に渡るとき、船が暴風雨に会い、
妃の弟橘姫(おとたちばなひめ〜弟橘比売)が身を海に投げて海神を鎮め、
尊の一行を救ったとある。
七日後、上陸した上総(かずさ:千葉県)の海岸で、尊は流れ着いた
櫛(くし)を見つけた。それが弟橘姫のものとわかった。

『古事記』によれば尊は神奈川県の足柄山にて、
「吾妻はや」(我が妻よ)と嘆いた。
日本の東部を「あずま」と呼ぶのは、この故事にちなむと言う。
弟橘姫の袖が流れ着いたとされる千葉袖ヶ浦など、
この事柄の由来地名が多くある。
●走水(はしりみず)の伝承にちなむ千葉地名
袖ケ浦市
木更津市
君津市
富津市など
実際に走水したのは伊豆の観音崎走水辺りで、ここにお祠(走水神社)がある。

「さねさし 相模の小野に燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも」
佐泥佐斯 佐賀牟能袁怒邇 毛由流肥能 本那迦邇多知弖 斗比斯岐美波母
という歌碑が建っている。
「相模の野に燃え立つ火の中で、わたしの心配をしてくれた貴方」
相模の国造に騙されて、火攻めにあった時のことを詠んでいる。
古事記のみにある歌。

日本武尊の武勇伝に関しての地名説話などは他県にごちゃまんとあるのです。

Tumakoi1_2

東京文京の湯島にある妻戀(恋)神社。
神田明神の裏手に在る。
日本武尊と妃の弟橘姫を祀った神社である。
尊が湯島に滯在した際、妃を慕われる心を哀れんで、郷民たちが
二人を祀ったのが起こりなのだそうだ。
また「夢まくら」の起こりの社としても知られている。

Tumakoi2

日本武尊と弟橘姫の神社と言うわりに、なんとも小さく、地味な神社である。
まずそのことに驚かされた。
郷民たちが建てた・・・と記録にあるから小さいのであろうか。
鳥居(一角が稲荷になっている)の後は満開の桜である。
日本武尊の最期は白鳥になって飛んで行く。
かくも美しい話である。

「やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山こもれる 
やまとしうるわし」

さてここは古代の美しき夫婦愛の神社となるのであるが、
閑散としていた。
弟橘姫のことなど知っている人は少ないのではなかろうか?
なにせ隣と前はラブホテル。
「愛の象徴」なのか?ジョークにしてもちょっと姫が気の毒である。
東京都民としても、ちと恥ずかしい思いがする。

Tumakoi03

付け加えではあるが、その一角に馬頭観音の碑がある。
日本武尊の神社には馬頭観音碑がなぜかよくあり・・・。
地名説話なども実に面白い。
日本武尊はとにかく英雄なんですが、知れば知るほど謎も多い。
カテゴリー「奇談にて候」になっちゃうかも。
その話はまたいつか・・・。

注:日本武尊(やまとたけるのみこと)は日本書紀の表記。
古事記では倭建命(やまとたけるのみこと)。
ここでは一般的によく表記される漢字を示しました。

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