カテゴリー「司馬遼太郎の言葉」の14件の記事

2008年10月25日 (土)

資本主義の本質

Ki

資本主義はあくまでも物を作ってそれを
売ることによって利潤を得るものであり、土地騰貴(とうき)や
土地操作によって利潤を得るなど何主義でもない。
「土地と日本人」あとがき


・・・これって株にも言えますね。

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2008年6月 8日 (日)

言語の正直さ

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話し方の正直こそが、言語における魅力を
つくりだすということである。
それが唯一の条件でないにせよ、正直さの欠けた言語は
ただの音響に過ぎない。
幕末以来、日本の外交態度について、欧米人から、この民族は
不正直だといわれつづけてきた。
私は日本人は不正直だとは決して思わないが、
しかし正直であろうとすることについての態度が
不足していることはたしかである。

言語の魅力〜風塵抄


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2008年6月 7日 (土)

謎解きの国語

Kodomo

日本語という国語に感動しない国語教育が
おこなわれているような気がします。
文部省(現文部科学省)の方針なのか、
いまの国語の教え方は、全国一つのパターンでやっていますね。
非常に憂鬱な謎解きのようなものを教えて、
子供たちに言葉を書いたり使ったりするのを
こわくさせるようなところがあります。

「日本語の本質」より

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2008年5月31日 (土)

司馬さんの歴史感

Shiba


歴史・・・それは、大きな世界です。かつて存在した何億という
人生がそこにつめこまれている世界なのです。

二十一世紀に生きる君たちへ

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漱石の悲しみ

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菫(すみれ)ほどな小さき人に生れたし

夏目漱石30歳の時の一句である。
私自身の思い入れのせいか、漱石の人と生涯と作品が、
この一句でわかるような気がする。

悲しみ「風塵抄」


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緒方洪庵のたいまつ

Koan


世のためにつくした人の
一生ほど、美しいものはない。

かれは、名を求めず、利を求めなかった。
あふれるほどの実力がありながら、しかも他人のために
生き続けた。
そういう生がいは、ふり返ってみると、実に美しく
思えるのである。


「洪庵のたいまつ」
小学国語5年下 平成元年用
十六の話

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2007年11月15日 (木)

ポンぺ先生

Todai

世の中で一番愚劣なことは病人のために学んだ医学を
立身の道具にすることです。
それ以上に愚かなことは医学を道具に無用の金儲けを
することです。

小説「胡蝶の夢」より
写真:東京大学

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2007年11月 9日 (金)

幕末の土佐(高知)人

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江戸時代、制度において土佐藩の規制が他より
ゆるかったわけではない。
むしろこの藩は「土佐郷士」という特異な存在を
かかえているために、身分制度は他よりきつかった
ともいえる。
幕末の土佐名物は、脱藩だった。
脱藩者はほとんどは郷士またはそれ以下の層の
ひとびとだった。
かれらは、関所を抜け出て数歩でも伊予領に入ると、
申しあわせたように、

「これからは、オラ・オマン(おれ・おまえ)でいこう」

と言いかわしたといわれる。
漢文にも爾汝(じじょ)ということばがある。
平等の一人称、二人称のことである。
脱藩者にも、おなじ軽格・下士とよばれながら、
こまかい身分規範で上下があり、その社会にいるときは、
たがいをよぶよび方までちがっていたのである、
関所を破ったときのこの申しあわせほど、土佐人の
自由と平等へのあこがれを感動的に
あらわしたことがらはない。

街道をゆく「檮原街道」

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2007年11月 6日 (火)

まぼろしの南波照間島

Hateruma_2
波照間島ニシ浜ビーチ

日本最南端の波照間島の波照(はてる)というのは
地名どおり沖縄諸島がそこで涯(はて)てしまう
という意味であるようだ。その島は実在している。
ところがその島へゆくと、島の人は、自分たちの島は
南の最涯(さいはて)ではない、もう1つ南に島がある
という。
それが、まぼろしの南波照間島である。

波照間島のひとびとが空想的に想定したのは、
島というのはこれっきりであとはただ波のうねる
滄海(そうかい)のみ、というのでは心細すぎる
と思ったのが理由だろうか。

沖縄の神々は、砂漠の民の神が天から来るのとは
ちがい、海から来る。古い日本語でも、宗教的な
空のことをアマ(アメ)と言い、同時に海もアマと
いうように、海というのは神聖者が渡来してくる道
なのである。
神聖者が渡来するには、出発する島が要る。
南波照間島は、そういう理由で幻出してきたもので
あるかもしれない。

「街道をゆくー沖縄・先島への道」

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2007年11月 2日 (金)

優しさについて

たとえ頭がよくても、心が優しくなければだめなのです。
大変に頭のよい人で、人の悪口ばかり言っている人がいます。
それは心が優しくないからですね。心が優しくないから人の欠点が
よく目につく。頭がよければよいほど目につく。
ところが、そういう人は人間として他の人間に影響を与えることは
できないのです。他の人間に対して影響を与えることのできる人は、
とびきり優しい心を持っている人ですね。
吉田松陰がそういう人でした。

Shoin


吉田松陰の優しさについての一部
1971年7月5日 防府市公民館 講演録


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